イーディ アンディ タイトル

1964 andy warhol | → 1964 edie sedgwick

パリで個展、その後キャステリと契約

パリのソナベント・ギャラリーで個展。
前年に起きたケネディ暗殺事件直後に制作した「ジャッキー」が出品された。一連の惨事シリーズ中、最もインパクトのあるものとなったこの作品は、国際的知名度を勝ち得るきっかけとなった。
その後ニューヨークのステーブル・ギャラリーで2度目の個展を開き、「ブリロ・ボックス」や「キャンベル・ボックス」を発表。ギャラリーの半分以上をこの箱達が埋尽くしたという。

ソナベント・ギャラリーオーナーのミッシェル・ソナベントの妻イリアナはレオ・キャステリの前妻。キャステリがギャラリーが開いた後離婚し、ミッシェルと再婚しヨーロッパに滞在。以降、まだポップアートの潮流が及んでいなかったパリと、アメリカ現代アートをつなぐパイプ的な役割を果たし、ヨーロッパのポップアート市場を開拓したギャラリー。

数々の個展成功を収めたアンディのもとに、レオ・キャステリから契約の申し出がある。さらなる名声を求めていたアンディに断わる理由などなかった。(1961年に断わられたことを多少気にしていたらしいが)
契約後すぐに同ギャラリーで個展を開く。
この時出品した「フラワーズ」が著作権侵害で訴えられる。シルクスクリーンの原画は雑誌等の写真を拝借することが多かったのだ。国際的なアーティストとして活躍しはじめたアンディにとってはささいなことだったのかもしれない。何より引用(サンプリング)はポップアートの重要な側面でもある。

同時期、映像制作も精力的にこなす。8時間延々とエンパイヤ・ステート・ビルを撮り続けた「エンパイヤ」が撮影されたのもこのころ。

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